令和のご時世にボカロが文脈にないミュージシャンなんていない

2019年の音楽を振り返るにあたり、こんな記事を読みました。

参考 現役音楽家の疑問「King Gnuといい髭ダンといいなんでここまで技巧的?」→その回答に「なるほど」「腑に落ちた」の声 - Togetterhttps://togetter.com

米津玄師やOfficial髭男dism、King Gnuなどの2019年を彩るミュージシャンの音楽が技巧的になっているのは、ボカロネイティブだからではないかという意見です。
確かに彼らはボカロ音楽が隆盛している時の音楽を聴いている世代、特に米津玄師に至ってはボカロPですし。

ただ、ボカロ音楽に影響されて音楽性が技巧的になるというのは正解の1つではあるけど、そればかりが全てではないと思います。
と言うより、このご時世のミュージシャンでボカロが文脈にないなんてありえないでしょう。

ボカロを聞いてないなんてありえない

ボカロ音楽が大きなブームとなったのは2000年代後半ごろ。
その当時より実験的な音楽やメジャーシーンに進出する音楽まで様々なボカロ音楽がありました。

ボカロは歌や音楽の表現の幅を広めたのは言うまでもないでしょう。
人によるボーカルレコーディングはハードルが高い行為です。
ボーカリストのスケジューリングから、歌唱可能なキーやテンポに合わせての制作、レコーディング環境の準備など、やるべき頃が多いのですし、費用もかかります。
ボカロは歌唱合成ソフトウェアであるため、そういった煩わしさが一切なく、何度でも何度でも試行錯誤できることもあり、これまでボーカル曲を諦めていたミュージシャンでもボーカル曲を制作できるようになったのです。

黎明期は一部のオタクだけのものだったボカロ音楽ですが、これをミュージシャン達が聴き逃しませんでした。
ミュージシャンとは寝ても覚めても音楽を聴いているもの、ボカロ音楽を見つけるのは時間の問題だったわけです。
ですので、好き嫌いはともかくボカロ音楽の深掘りしていない、ボカロ音楽に大なり小なり影響されていないミュージシャンなんていないのです。
それこそ、マイルス・デイヴィスを聴いていないジャズマン、クイーンを知らないロッカーみたいなものです。

音楽の世界がネットによって広がりをみせた

ただ、ボカロ音楽ばかりがミュージシャンに影響与えたわけでもありません。
言うなれば世界中の音楽が常にミュージシャンに影響与え続けているのです。

2000年代より一般的になってきたインターネットでは、音楽配信サービスや音楽系SNSが登場し、耳ざといミュージシャン達はそういったサービスを利用して世界中の音楽にアクセスするようになりました。
ボカロ音楽はそう言った中の音楽の一つに過ぎません。
さらには今ではサブスクリプションによって音楽が聴き放題になってしまったので、金銭的な負担も少なく世界中の音楽を探せるようになっています。

こうなってくると、ミュージシャンの音楽のルーツなんてのも不明瞭になっていくのでしょう。
彼らは単に良いと思ったものを貪欲に取り入れていくだけ、彼らを束縛するものなんてありません。
ただ、音楽雑誌のインタビューではリップサービスだったり、昔ながらの形式だったり、あるいはスポンサー様の影響で答える事はあるのでしょうが。

テレビやラジオの音楽番組、地元のCDショップだけが音楽の情報源ではなくなった今、各々のミュージシャンの音楽性はより複雑さを増し、技巧的に変化していくことでしょう。

令和の音楽はさらに混沌とする

2019年の音楽は「シンプルでありながら複雑怪奇、キャッチーでありながら混沌」というのが私的な感想です。
国内海外問わずにこういった趣があると思います。
加速するリスナーの要望に応え続けた結果、そうなっていったのでしょう。

今後も音楽の消費スピードはさらに加速するでしょう。
音楽の世界に昨日と同じ今日、今日と同じ明日なんてないのはもちろん、1分1秒そしてこの瞬間にも進化しているのです。

音楽リスナーにとっては楽しい時代でしょうが、ミュージシャンにとっては日々研究を繰り返さなければ誰にも音楽を聴いてもらえない恐ろしい時代となっていくでしょう。

2019年12月31日:公開
2020年5月12日:更新

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