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宅録女子(DTM女子、DAW女)って言葉が嫌いだ

どこの誰かは知りませんが、このごろ宅録女子(DTM女子、DAW女)なる言葉を流行らせようとしている動きが見られます。

宅録女子。それは自宅で機材を用意し、作詞作曲はもとよりレコーディングやセルフプロデュースに至るまでこなす女性ミュージシャンのことをカテゴライズする言葉です。

正直、私はこの宅録女子という言葉や概念が気に入りません。嫌いです。使っているのを見ると不愉快です。
女性ミュージシャンはもとより、音楽に打ち込むミュージシャン全員を小馬鹿にしているような下劣な言葉と思います。

以前より宅録女子といった言葉にうまく言い表せない負の感情を抱いておりましたが、ようやく言語化するに至ったのでここに書き止めさせていただく次第です。

そもそも「宅録女子」とカテゴライズする必要性など無い

このご時世、宅録やDTMといったレコーディングスタジオを用いない音楽制作の形はそれほど珍しくありません。
ベットルームに収まる範囲の機材で作られた音楽が本格ヒットチャートに並んでいるのもままあることです。

そういった自宅に音楽制作環境を構築するのは確かにハードルは高いことではありますが、これは男性であっても女性であっても同じこと。
女性だからといって難しいといった事はないでしょう。

それなのに宅録女子というカテゴライズをわざわざする必要があるものでしょうか?
「宅録する女性ミュージシャン」といった一般的な言葉で指し示すのならわかりますが、わざわざカテゴライズしてまで特別扱いするものではないです。

そこには汚れた魂胆しか見て取れない

宅録女子なる言葉から透けて見えてくるのはミュージシャンの羨望や憧れなどでは決してなく、単なるエンタメ的な消耗品として扱ってやろうと言う汚い魂胆です。
宅録女子なんて言葉でミュージシャンをカテゴライズする輩は、彼女たちの作品や音楽性などには興味などないのです。
ただただ見世物小屋の客寄せパンダを見に行くような感覚で彼女達を見ているのです。

ある意味全てのミュージシャンへの最大の侮辱です。
ミュージシャンをフォローしておきながら、その音楽を評価しないのというのは、そういった仕打ちを受けるミュージシャン本人にとって非常に辛いことです。

「宅録女子」は日本人的ジェンダーロールが生み出した呪詛

宅録女子なんてカテゴライズをしているのなんて日本人ぐらいです。
その根底には日本に根強く残るジェンダーロールの伝統があります。
ここでは「男は外に出て仕事をし、女は家を守って子を育てる」というような考えのことを指します。

こういった日本人的ジェンダーロールの中に「音楽制作をするのは男の仕事」といったようなことも含まれていることでしょう。
だからこそ、宅録女子とカテゴライズされてしまった彼女たちは日本人的ジェンダーロールから逸脱したとみなされ、奇異の目で見られてしまうのです。

少し前に赴いたイベントにて、「トラックメイカーをやっている女性が少ない」と言ったことを聞きました。
私は宅録女子なんて言葉が出てくるほどに旧時代のジェンダーロール観が根強く残る日本において、それは当たり前だとも思います。

これからオリンピックにかけて世界中から日本という国が注目されていきます。
いや、もう注目されている最中ですね。
にもかかわらず、こういった国際的な流れに反する古いジェンダー観がいまだに残り続けているのは、日本のイメージを大きく損なうことでしょう。
一刻も早く改められていくべきだと思います。

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