英語と日本語、それぞれの言語が持つ音声リズム

邦楽と洋楽、それぞれを言語の違いからアプローチするのもこれで3回目となります。
今回は英語と日本語のそれぞれが持っている音声リズムの点からアプローチしていきましょう。

言語学における英語と日本語それぞれの位置づけ

世界に数多ある言語はそれぞれが異なる音声リズムを有していますが、それらを大別すると「強勢拍リズム」と「音節拍リズム」に分類されます。

英語:強勢拍リズム

英語のリズムは「強勢拍リズム」に分類されます。

強勢拍リズムとは、文中の強勢アクセントから次の強勢アクセントまでの時間が等間隔になるように刻まれるリズムです。
英語の他にはドイツ語などのゲルマン語派や、ロシア語などのスラブ語派に見られることが多いです。

文書だけだとわかりにくいので、例として次の英文を用意しました。

I’m so happy that I could finally meet you.

これを強勢アクセントごとに区切ってみます。

I’m so | happy | that I could | finally | meet you.

このように、強勢拍リズムの言語は強勢アクセントから次の強勢アクセントまでをリズムの単位時間とするため、1単位時間の中に複数の単語が含まれる場合があります。
上記の例文だと「I’m so」「that I could」「meet you」の部分です。
これらの部分は文章のリズムに合わせるために発音が圧縮されます。

また、それとは反対に「happy」や「finally」のような1単位時間の中に1単語しかないの部分もあります。
この部分は1単位時間の中に複数の単語が含まれる部分と比べても間延びしている印象を受けます。

こういった強勢拍リズム言語の特徴は、文章ごとに複雑なリズムを内包し、しかもそれらは常に一定ではなく文章ごとに異なります。

日本語:音節拍リズム(モーラ拍リズム)

日本語のリズムは「音節拍リズム」に分類されます。
音節拍リズムとは、音節と音節とが一定の長さになるように刻まれるリズムです。
日本語の他にはフランス語やイタリア語などの、ロマンス語派の言語に見られる事が多いです。

その音節拍リズムの言語の中でも日本語は特殊で、日本語の場合は「モーラ」という発音の最小単位が音節となり、そのモーラごとにリズムの拍が置かれることになる「モーラ拍リズム」と言うリズムを持っています。
日本語の場合、モーラはかな1文字分に相当するので、モーラと次のモーラが等間隔になるようにリズムが刻まれる、つまり1文字ごとに等間隔でリズムが刻まれることになります。

短歌や俳句のリズムを思い浮かべてみてください。
なんなら、ぱっと思いついた1句を声に出して詠んでみてもいいです。
1文字ごとに音節を感じ取ることができるでしょう。
それが日本語の持つリズムです。

音楽と音声リズム

こういった音声リズムの違いは、当然音楽にも影響します。
ここで、英語と日本語の音声リズムを音楽的に比較してみましょう。

まずは強勢拍リズムの英語。例文で上げた「I’m so happy that I could finally meet you.」の強勢アクセントの区切り1つ分を4分音符で表現してみました。

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これを英語のモーラごとに細分化してみます。するとこのような表記になります。
このリズムはあくまで一例です。話者によって強勢アクセント以外の部分のリズムは異なります。

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次はモーラ拍リズムの日本語。1モーラを四分音符で表現すると次のようになります。

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日本語の場合、これを英語のように細分化することはできません。
すでにこの状態でモーラという最小単位まで分解されているからです。

強勢拍リズム言語の音楽的アドバンテージは大きい

このように、英語と日本語のそれぞれの文をモーラまで分解すると、英語がいかに複雑なリズムを内包しているかがわかります。

英語の場合は強勢アクセントの部分が表拍として扱われるとすると、それ以外の部分がそれぞれ8分音符、16分音符、付点音符、三連符の役割を担うことになり、表拍と裏拍を満遍なく使いこすことができます。
一方、日本語の場合は全ての音節が表拍になります。こうなってしまうと、裏拍を利用するには言語のテンポを意識的に変化させなければ裏拍を使えません。

音楽においてはリズムに変化を生み出すために表拍と裏拍を使いこなすのが慣例です。
英語は特に何も意識しなくても表拍と裏拍を使いこなせる一方、日本語では注意深く意識しなければ裏拍を使いこなすことができません。
これもまた、英語のほうが日本語よりも音楽的に優れている部分です。

さて、ここまで読み進めると音楽では日本語を捨てて英語を使えばいいと思うかもしれませんが、それは早計です。
日本語よりも英語のほうが音楽的なアドバンテージが有るからといって、日本人が英語歌詞で歌おうと強勢拍リズムの恩恵を得ることはできません。
なぜなら、こういった言語の音声リズムは幼少期からの学習で染み付いていることなので、一朝一夕で拭えるものではないからです。
強勢拍リズムを体得しないまま英語で歌っても、日本語のモーラ拍リズムから発音される英語、つまり「日本語英語」になってしまいます。
これは音楽分野だけの話しではなく、英語を学習する人にとっても苦労しているポイントでしょう。

音楽において日本人はリズムに弱いとよく言われますが、その原因もまた言語にあるのかもしれませんね。

日本語の受難は続く

こうまでに音楽が強勢拍リズムの言語に特化しているのも、根底の事象は現在の音楽が西洋音楽をベースとして成り立っているからです。
もし、日本古来の音楽が世界の音楽のスタンダードとなっていたなら、モーラ拍リズムの日本語に特化した音楽に進化していたことでしょう。
ですが、これからそんなことは地球上の人類の文明が一斉に消滅するようなことにならないかぎりは起こりえないので、残念ながらこれからも日本語は音楽に適さない言語であり続けることになります。

 

さて、音声リズム以外にも日本語が英語よりも音楽的に劣っている部分として、押韻が不得意なために更に輪をかけてリズム感に欠けるというものがあります。
次の記事ではそういった日本語の押韻についてを述べていきます。

日本語歌詞に押韻があまり用いられていない理由